大成功者二人の先天運と姓名から運命を読む

 ユーザーの皆様こんにちは。いつも当サイトをご利用いただき誠にありがとうございます。今回は先天運と姓名の関係をより深く知っていただきたいという私の思いから、二人の大成功者を取り上げてその先天運と姓名を解剖してみたいと思います。概して一方は先天運は強いが姓名は悪い、一方は先天運は弱いが姓名は良いという者ですので、この二人の運勢を見ると先天運と後天的運勢を司る姓名との関わり合いがよく理解できるのではないかと思っております。それでは早速見ていきましょう。

日本一のお金持ち『斎藤一人』さんの運勢

 まずは「銀座まるかん」の創業者で、過去『高額納税者公示制度(長者番付)12年間連続10位以内』となった斎藤一人さんの運勢を見ていきます。「スリムドカン」の大ヒットやその珍しい名前で一躍有名となった一人さんは、中学を卒業後様々な職を経験、その後漢方を用いた化粧品や健康食品を販売する銀座まるかんを20代の時に創業します。一人さんは中学しか出ていませんが、相当な勉強と努力をされたようで、後には『2001年までに納めた税金は国税だけで138億1910万円。総資産200億円、平均年収は30億円』と大成功者へとのし上がりました。彼を「伝説のお金持ち」と呼ぶ人もいるそうです。  まずは姓名をうかがってみましょう。斎藤一人です。まず、主運には薄弱運である22があります。一人さんはメディアには一切を顔を出さない主義で有名ですが、人格に22を有する人はかなりシャイで目立つことを嫌う人が多いです。副運には凶運19がありますが、これは彼の頭の良さを象徴しており、さらに人格を生じていますので、環境運・仕事運はそれなりに恵まれます。ただし人格・外格ともに孤独の憂いある凶数ですから、外見はどうあれ内面はかなり孤独感に満ちた人です。またそれほど明るい人ではなく、やや暗いオーラを纏っているでしょう。  さらに三才を目を向けると、【金・木・火】と成功運において相剋がありますから、薄弱運である22・陰木がさらに弱められています。前運には知力明敏・勉学発達運である3、総運には大業を完遂する器と積極性・不屈の精神を有する大吉運41がありますから、晩年に向かって豊かになっていくことが分かりますが、人格が強く剋されているため大きな病気をすることがあったかもしれません。なりやすい病気としては肝臓病・神経症・頭部の怪我などです。また気分の上下が激しく、うつ的な状態に落ち込みやすい人です。  三才において天格は38・陰金であり、人格は22・陰木ですからこれは沖の関係であり、成功運はひどく弱いと言えます。また『銀座まるかん』と人格との相生関係も木->土ですから良いとは言えません。このことから逆境多難運であることが分かりますが、それでもこれほどまでの成功をしたのはどういうわけでしょうか?その暗示が先天運に刻まれていますので、次は四柱推命を使って一人さんの先天運をうかがってみましょう。

『斎藤一人』さんの先天運

 一人さんの生年月日は1948年8月3日です。生まれた時間が分からないため時柱は?としておきます。
1948年8月3日生まれの命式
時柱日柱月柱年柱
天干
地支
 このようになっています。己・戊・申・未と土・金が占めていますから、すぐに身強であることが分かります。この時点でかなりの身強ですから、何時に生まれてもほぼ身強となりますが、絶対とは言えませんので後で確認作業を行います。まずは用神と喜神・忌神を出してみましょう。 ・用神:甲(子・申の半合があり、水が喜神。そして食傷である水が木に流れた時に発福となる) ・喜神:木・水 ・忌神:土・金 ・閑神:火(忌神の土が日主の周囲にあるため、火は土を生じることことから中間的存在となる。)  次にこれが正しいかどうかを見極めるために、一人さんの大運をうかがってみましょう。大運は以下です。
  • 1歳~(1950年~)【庚申】[忌神運]
  • 11歳~(1960年~)【辛酉】[忌神運]
  • 21歳~(1970年~)【壬戌】[やや忌神運]
  • 31歳~(1980年~)【癸亥】[喜神運]
  • 41歳~(1990年~)【甲子】[強い喜神運]
  • 51歳~(2000年~)【乙丑】[やや喜神運]
  • 61歳~(2010年~)【丙寅】[喜神運]
  • 71歳~(2020年~)【丁卯】[喜神運]
 大運を俯瞰しますと、彼は31歳前後から成功の波に乗ることが分かります。この時期は恐らく銀座まるかんを創業して間もない頃で、経営がうまくいきはじめた頃です。さらに次の41歳は強い喜神運ですから、大運だけで見ればこの時期が人生において最も成功する時期です。一人さんの経歴を見ると1990年代に連続トップ納税者記録を打ち出していますから、ちょうどこの時期と重なっています。つまり食傷の水が甲の財を生じるという運勢ですので、自分の才能によって財を得る時期となります。その次の【乙丑】運では金を生じる丑が来ましたので、財運はやや低下するものの喜神の乙があるため安定しています。その後も喜神運である【丙寅】、【丁卯】と続くため、およそ一生富貴な人であることが分かります。  そしてさらにもう一つ、彼の強運には秘密があるのですが、上記の喜神・忌神を見た上で再度彼の姓名をご覧下さい。斎藤一人です。喜神は木・水、閑神は火でしたが、彼の五格はほとんどが喜神と閑神で占められています。唯一天格の38・陰金のみが忌神であるだけですので、この姓名は非常に先天運との兼ね合いが良く、彼の運勢を強めています。つまり、姓名の構造が多少悪くとも、先天運(大運)によく恵まれていたり、姓名に先天的な喜神が多い場合は、大いに運勢を助けるということが分かっていただけたかと思います。  こちらは斎藤一人さんの『強運』という本です。私も好きでよく読んでいます。  次は逆のパターンを見ていきましょう。

世界的作家『三島由紀夫』さんの運勢

 ノーベル文学賞候補にもなった日本を代表する作家、三島由紀夫さんは先ほどの斎藤一人とは逆のパターンです。つまり先天運にはあまり恵まれないものの、先天運の悪さを完全に補うほどの最大吉名を有し、大きな成功者となりました。もちろん運勢が全てではありませんが、『三島由紀夫』という姓名は彼の運勢に多大な貢献をしています。  まずは四柱推命で三島さんの先天運からうかがってみましょう。
1925年1月14日21時10分生まれの命式
時柱日柱月柱年柱
天干
地支
 三島さんは日主・戊土の人です。まずは日主の強弱から計っていきますが、地支には亥・子・丑の水の方合があり、なおかつこの方合を邪魔する地支が存在しないため、水は非常に強いエネルギーをもっています。しかも時干に癸があり透天しているため、水は極めて強い流れで走りこの勢いを弱めなければなりません。しかし水の勢いを堰き止める陽土は日支にしかなく、かなりの劣勢ですから身弱。救いは水は年干の甲を生じ、この甲が丁を生じ、さらに日主を生じるという自然な気の流れになっている点です。  このため、用神は水を堰き止める戊。戊がなければ水は奔流し才能を発揮できません。性格的には水が強烈なため頭はとても良いですが、無謀で無計画なところが出やすく、意志も弱い傾向があります。才能を発揮し、なおかつその才能が認められるためには強い土が来た上で金->水->木->火とエネルギーがバランスよく循環する必要があります。またこのような先天運は概して病弱となりますが、三島さんは生まれながらに病弱であり、そのあだ名は「蝋燭」や「アオジロ」といったものであったそうです。  以下、用神と喜神・忌神です。 ・用神:戊 ・喜神:土・火 ・忌神:水・金 ・閑神:木(喜神の丁が年干にあり、日主を生じているため。木は水のエネルギーを奪い、火を生じ、さらに火は土を生じる)  それでは次に三島さんが亡くなるまでの大運を見てみましょう。
  • 6歳~(1931年~)【戊寅】[やや喜神運]
  • 16歳~(1941年~)【己卯】[やや喜神運]
  • 26歳~(1951年~)【庚辰】[やや忌神運]
  • 36歳~(1961年~)【辛巳】[平運]
 大運は上記のようになっています。先天運もかなりの弱に傾いており運勢は弱いですが、大運もあまり良いとは言えません。特に26歳以降は忌神の庚が来て水を強め、辰も陽土ですが戌と沖を起こすため、先天的にはあまり恵まれた運勢ではありませんが、むしろこの時期にみるみると頭角をあらわして大成しています。これは一体どういうことでしょうか?その秘密が彼の姓名にあります。

『三島由紀夫』という最大吉名

 まずはここで、三島さんの出生名である平岡公威(ひらおか きみたけを簡単に見てみましょう。三才は良いものの、四大運には凶数が多く薄弱的性質で、これは『三島由紀夫』という姓名を冠する前の彼の性格や運勢をよく物語っています。ただ、五格を見渡してみますと、忌神の金・水が一つもないため、決して悪い姓名とは言えません。むしろ先天運の薄弱・病弱な性質を抑え、次第に健康に恵まれる暗示があります。  次に『三島由紀夫』を見ていきます。ちなみに『三島由紀夫』という筆名を冠した経緯については、ウィキペディアに以下のように書かれています。
 同誌の読者圏が全国に広がっていたため、息子の文学活動を反対する平岡梓の反応など、まだ16歳の公威の将来を案じ、本名「平岡公威」でなく、筆名を使わせることとなった。清水は、「今しばらく平岡公威の実名を伏せて、その成長を静かに見守っていたい ――というのが、期せずして一致した同人の意向であった」と、合宿会議を回想している。筆名を考えている時、清水たちの脳裏に「三島」を通ってきたことと、富士の白雪を見て「ゆきお」が思い浮かんできた。  帰京後、清水が筆名使用を提案すると、公威は当初本名を主張したが受け入れ、「伊藤左千夫(いとうさちお)」のような万葉風の名を希望した。結局「由紀雄」とし、「雄」の字が重すぎるという清水の助言で、「三島由紀夫」となった。「由紀」は、大嘗祭の神事に用いる新穀を奉るため選ばれた2つの国郡のうちの第1のものを指す「由紀」(斎忌、悠紀、由基)の字に因んで付けられた。
 三島由紀夫です。四大運に吉数があり、三才も気が通っており、なおかつ用神である陽土が人格に位置し、さらに強い火である13・陽火に生じられるという、先天的な弱点を補った最大吉名です。また外格にも喜神の土があるため、極めて成功運・発展力の強い姓名と言えますから、少々大運が悪くとも心身共に壮健を保ち盛大な活動力を示して大成功したことも頷けます。  しかし、ご存じの通り三島さんはその後45歳という若さで割腹自殺を遂げました。これは大変残念なことです。なぜなら、もし彼がその後も作家として活動を続けていたとしたら、さらに素晴らしい活躍をしたであろうことが『三島由紀夫』という姓名から読み取れるからです。  早足となりましたが、斎藤一人さんと三島由紀夫という二人の大成功者の先天運と姓名から、彼らの対象的な運勢の様子を見てきました。それは例えば三島さんのように先天運が多少悪くとも、喜神・忌神をよく見極めて良名を付すと、心身ともに壮健となり時に大勢力を発揮する場合があるということ。また反対に斎藤一人さんのように、多少姓名が悪くとも、先天運・大運に良く恵まれている人は、努力次第によっては大きな成功を手にする場合もあるということです。  以上。今回も最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

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